« 倒産法 | メイン | 古楽器 »

1944年11月末よりオーストラリア軍は

1944年11月末よりオーストラリア軍は島の占領と日本軍の排除を目指して攻撃を開始した。まず、第7歩兵旅団がタロキナからヌマヌマへ向けて島を横断して迫った。日本軍の歩兵第81連隊はタロキナ峠に幾重にも防御線を築いてその前進を阻止したが、1月上旬に峠を失陥した。ただし、オーストラリア軍の前進はそこで停止し、終戦までヌマヌマは日本軍が維持した。

一方ブインのある南部では、1944年11月下旬にオーストラリア軍第29歩兵旅団がジャバ川に到達した。1945年12月から海岸沿いを南下して、2月にモシゲッタに到達したが、日本軍の歩兵第13連隊の伏撃を受けて損害を出した。日本軍はブインまでのジャングルに蛸壺陣地を作って抗戦した。オーストラリア軍は損害の大きい第29歩兵旅団に代わり、第7歩兵旅団を先頭に立てた。1945年4月に日本軍は、オーストラリア軍第7歩兵旅団の前進を阻止すべく、歩兵第13および23連隊を投じて豪州台附近で攻勢に転じた。しかし攻勢は失敗に終り、1600名以上の多大な損害を出して後退した。その後、オーストラリア軍は第15歩兵旅団を主力に日本軍を圧迫していった。
あたらしいおうち
アンパンマン号
エジソンの母
おでんに日本酒
ガール!
キララ光次郎
ゴッドファーザーの息子
ジェットコースター
スポーツライターを追跡
ちびまる子ちゃん

北端のタリナ地区では、オーストラリア第11旅団が攻撃を担当した。日本軍は各地に設置していた監視所から次々と駆逐され、クヌア近郊で翌1945年1月10日に独立混成第38旅団の一部が本格的な戦闘に突入した。日本軍は陸軍部隊が遅延行動を取って時間を稼ぎ、その間に海軍設営隊が後方に陣地を建設し食料を増産、先住民を使って新しい畑を後方に作成してブカ島における戦闘に備える方針を採った。

トラックバック

このエントリーのトラックバックURL:
http://www.awibss.com/blog/mt-tb.cgi/655

About

2009年11月02日 15:04に投稿されたエントリーのページです。

ひとつ前の投稿は「倒産法」です。

次の投稿は「古楽器」です。

他にも多くのエントリーがあります。メインページアーカイブページも見てください。

Powered by
Movable Type 3.35